はじめに
再生不良性貧血、骨髄異形成症候群(myelodysplastic syndrome:MDS)、発作性夜間ヘモグロビン尿症(paroxysmal nocturnal hemoglobinuria:PNH)などの骨髄不全は、血液疾患の中でも正確に診断することがもっとも難しい疾患群です。このサイトは、骨髄不全症例に遭遇した血液内科医・プライマリーケア医がその疾患を正確に診断し、適切な治療を行えるように手助けすることを目的に開設した医師のための「症例検討フォーラム」です。症例相談コーナーにアップされた症例について、金沢大学の専門家が定期的なオンライン会議で検討し、その結果をお返しします。相談は無料ですが、症例の転帰を後日報告して頂きます。
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症例検討の場がなぜ必要か?
鑑別診断が非常に難しい
金沢大学では、骨髄不全症の病態を鑑別するため様々な検査法を開発して来ました。約20年前に開発した「末梢血中のわずかなPNH形質の血球の増加(PNH型血球)を検出する検査」は、ある患者さんの骨髄不全が、Tリンパ球による造血幹細胞の攻撃によって起こっている(再生不良性貧血)か、あるいは、造血幹細胞自身の異常によって起こっている(MDS)か、を鑑別する有用な検査と考えられました2-7)。これを確認するため、「特発性造血障害に関する調査研究班」を中心とした全国的な観察研究を行ったところ、様々な施設から骨髄不全症例の血液と臨床情報が送られてきました。図1は、2010年の8月24日から9月3日までの間に金沢大学に送られてきた検体のリストを示しています。わずか11日の間に47症例の検体が金沢大学病院に送られていることが分かります。この観察研究は約10年間継続され、その間に1万例を超える骨髄不全症例の検査依頼と治療方針に関する相談が寄せられました。
検査用の血液を送る際には、主治医は手間をかけて症例情報を記載する必要がありました。また、冷蔵の宅急便による配送費用はすべて発送元の施設負担でした。それにもかかわらず、これだけ多くの検体が毎年金沢まで送られてきていたことは、いかに多くの主治医が骨髄不全の診断・治療に困っていたかを示しています。
この高感度PNH型血球検査は、現在は受託検査会社で実施できるようになっており、年間で4000例前後の検査が行われています。しかし、残念ながらまだ保険検査としては承認されていないため、この検査を行おうとすると数万円の検査費用を病院や患者さんが負担する必要があります。0.1%程度までのPNH型血球を検出できる通常感度のPNH型血球検査は保険診療として行えますが、PNH型血球陽性骨髄不全症例の約50%は、PNH型顆粒球の割合が0.003%~0.1%ですので、この保険検査だけでは、半数近くのPNH型血球陽性骨髄不全例が見逃されることになります。高感度のPNH型血球検査が手軽に行えるいくつかの観察研究が終了した現在、全国に沢山いるはずの「診断が困難な骨髄不全症例」が現在どのように診療されているのかを心配しています8-10)。
実際には、PNH型血球の有無を調べなくても、その他の検査結果や臨床経過を見れば、その患者さんの骨髄不全が免疫病態による良性の骨髄不全(再生不良性貧血)か、あるいは造血幹細胞異常による骨髄不全(MDS)かはおおよそ鑑別することができます11)。ウェブ上で症例を検討すればそれだけで適切な診断に至る可能性も十分あります。症例検討の結果、PNH型血球やHLAクラスIアレル欠失血球のような詳細な検査が必要と判断されれば、その検査を行うための具体的な方法を紹介することもできます12-14)。
再生不良性貧血と診断されるべき多くの症例がMDSと診断されている
上述のように、軽度の形態異常のある再生不良性貧血と、形態異常の程度が軽く、芽球や環状鉄芽球の増加がないMDSの間には診断基準上の明確な境界がありません。人為的な作成された診断基準によって再生不良性貧血と「芽球や環状鉄芽球の増加がない」MDSを分けたとして、それは、免疫病態による良性の骨髄不全と造血幹細胞異常による骨髄不全を鑑別したことにはなりません。
それにも関らず、診療の現場では病名を付ける必要があるため、担当医はどちらかの病名を付けざるを得ません。そのような場合、担当医には「もし良性の病名を付けた後で悪性と分ると困ったことになる」という心理が働くためか、どうしてもMDSという病名を付けがちになります。上述の観察研究で紹介されたPNH型血球陽性骨髄不全(実態は免疫病態による良性の骨髄不全)症例の50%以上は施設診断がMDSでした。
そのような例で共通している検査所見は、①赤芽球だけでなく、好中球にも軽度の異形成がある、②骨髄穿刺所見が正形成または過形成である、の二点です。多くの成書では「再生不良性貧血でも赤芽球の異形成はみられるが、好中球には異形成はみられない」と記載されていますが、これは誤りです。軽度の好中球の異形成は、免疫抑制療法が奏効し、その後MDSや急性骨髄性白血病に移行することなく経過する良性の骨髄不全(再生不良性貧血)でもしばしばみられます15)。図2は妊娠中にMDS-MLDと診断された28歳女性の骨髄像を示しています。診断時には赤芽球に加えて好中球にも軽度の異形成が見られていました。出産後に骨髄が低形成となったため診断が再生不良性貧血に変更され、抗胸腺細胞グロブリン(anti-thymocyte globulin:ATG)とシクロスポリンによる免疫抑制療法を受けたところ完全寛解となり、その後20年以上血算は正常のまま経過しています。血算が正常化した時点で受けた骨髄穿刺では、顆粒球系の形態異常も目立たなくなっていました(図2)。
一方、骨髄検査が行われる腸骨や胸骨では、骨髄不全が進行したとしても最後まで造血巣が残ります。このため、骨髄穿刺や穿刺液のクロット標本の評価だけで骨髄細胞密度を評価しようとすると、骨髄全体が低形成であっても正~過形成と誤認されることがしばしばあります。そのようなクロット標本が病理医に送られると、当然ながら再生不良性貧血と診断されることはありません。この誤認は1.5cm長以上の骨髄生検検体が採取されればほとんどの場合避けられます。ただし、日本では血小板減少患者に骨髄生検を行うことに抵抗があるためか、骨髄不全症例に対しても半数以上の例では骨髄穿刺しか施行されていません。これが、重症度の低い再生不良性貧血がMDSと診断される大きな原因になっています。図3は、そのような骨髄穿刺所見と骨髄生検所見の乖離を示しています。このような例の骨盤骨をMRIで評価すると、図3の下段のように骨髄検査が行われる部位に限局性に造血巣が残っていることが分かります。
実際には、15歳未満の小児患者の場合残存造血巣の範囲が広いためか、骨髄生検を行ったとしても低形成髄を正形成または過形成と見誤ることがあります。そのような場合でも胸腰椎のMRI検査まで行えば、全身の骨髄細胞密度をほぼ正確に評価することができます16)。
図4は、サンフランシスコ在住のMDS患者さんの息子さんから金沢大学の医師宛に届いたメールのコピーです。この患者さんはPNH型血球が検出されていたものの、骨髄細胞に軽度の形態異常があり、骨髄が低形成でなかったためMDSと診断され、エリスロポエチン製剤の定期投与かアザシチジン療法を勧められていました。息子さんからデータ見せてもらったところ、典型的な自己免疫不全(再生不良性貧血)と考えられたため、シクロスポリンの単剤療法を受けるように勧めました。
その結果、患者さんは1年後には完全寛解となり、2年後にシクロスポリンが中止されたのち、現在に至るまで10年以上血算は正常のまま経過されています(図5)。この患者さんの経過は、免疫抑制療法で治る良性の造血不全(再生不良性貧血)が造血幹細胞異常による造血不全(MDS)と診断されるという現象は、日本だけではなくアメリカでも起こっていることを示しています。
MDSと診断されることによって生じる患者の不利益
本来は免疫抑制療法によって治癒する可能性がある再生不良性貧血がMDSと診断されると患者さんには数々の不利益が生じます。以下にその代表的なものを示します。
- 必要な免疫抑制療法が実施されず、無治療で経過がみられるか輸血のみが行われる。
- 代替ドナーからの造血幹細胞移植やアザシチジン療法のような毒性の強い不適切な治療が行われる。
- 本来はATG療法が必要な輸血依存性の骨髄不全があってもシクロスポリンしか投与されない。
- 再生不良性貧血としての特定疾患申請がなされないため医療費の公費負担が受けられず、その結果、トロンボポエチン受容体作動薬のような高額な治療を受けられない。
- いつ白血病に移行するかという不安に苛まれながら、患者は生きなければならない。
この中でも深刻な問題は、上記のサンフランシスコの患者さんと同様に、「MDSだから治らない」という理由で主治医が適切な免疫抑制療法を行わないことです。特によく見られるのは、輸血が必要な骨髄不全であっても、診断がMDSであるために保険適用のないATGが投与されず、シクロスポリンだけで様子をみられる例です。
免疫病態による骨髄不全であっても、輸血が必要になるほど骨髄不全が強い場合は、シクロスポリンだけで造血が回復することはほとんど期待できません。シクロスポリン投与中に造血不全がさらに進行し、その後の治療が困難になる事例がしばしばみられます。また、中にはアザシチジンが投与されたり、治療関連死亡率の高い代替ドナーからの造血幹細胞移植が行われたりする例もあります。
近年では、再生不良性貧血の治療にトロンボポエチンレセプター作動薬(TPO-RA)が併用されないことは稀ですが、MDSと診断されると保険適用外の高額なTPO-RAは使用できません。さらに、いったんMDSと診断されると、インターネットや成書でMDSについて勉強した患者さんは、進行期のMDSや急性骨髄性白血病にいつか移行するのではという不安に怯えながら生活することになります。
このような理由で本来は免疫抑制療法を施行しなければならない良性の骨髄不全(再生不良性貧血)をMDSと誤認することは何としても避けなければなりません。
参考文献
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